安倍政権が国家権力を総動員して1人の男性の素性を追いかけている。名を「一色武」という。誰あらん、辞任に追い込まれた甘利明・前TPP担当相への「賄賂提供」を実名告発した人物だ。
週刊文春(1月28日号)の告発報道前の段階で、内閣情報調査室、警察庁、甘利氏の地元の神奈川県警は一色情報を収集し、数々のトラブル情報を官邸に報告した。
「なんであんな男にひっかかったんだ」
彼の存在をかねて知る警察庁最高幹部は、そう苛立ちを隠さなかったという。
「一色氏は神奈川の政界ではトラブルメーカーとして知る人ぞ知る存在で、県警も要注意人物としてマークしていた。彼の存在について甘利氏のSPなどがちょっと気を利かせてどんな人物か本庁に照会してさえいれば、注意するように助言することができた。そうすれば今回のようなことにはならなかったと幹部は悔しがっている」(警察関係者)
一色氏は数年前まで東京・八王子に本拠地がある右翼団体に所属していたが、いわゆる「大物右翼」などではない。活動は神奈川県内が中心で、「会社を経営しているという触れ込みで、業者と役所とのもめ事に介入する事件屋のようなことをやっていた。陳情のために地元選出の代議士や地方議員の事務所にもよく出入りしていたが、しっかりした秘書がいる事務所からは警戒され、相手にしてもらえなかった」(地元紙記者)
警戒される理由は、議員にトラブル処理の陳情を持ちかけるが、陳情がうまくいかないと豹変してマスコミや警察に告発し、議員側に揺さぶりをかけるという、いわば「告発常習者」の前歴があったからだ。
3年前、一色氏は今回の甘利大臣告発の「ひな型」ともいえるような行動を起こしている。神奈川のベテラン県議M氏(自民党)が標的にされた。
舞台となったのは神奈川県の建設会社が藤沢市で行なった土地造成工事。業者が許可量を超える土砂を運び込んだために市道が埋まってしまい、県土木事務所が搬入停止を指導した。一色氏はこのトラブルに介入し、関係業者とともにM県議に「工事を再開させてほしい」と働きかけたとされる。
しかし、陳情は失敗。県は工事再開を認めず、建設会社に土砂の搬入停止の行政処分を下した。すると一色氏は一転して複数の新聞社にネタを持ち込んだ。2013年の6月頃の話である。その一社の編集幹部が振り返る。
「当時、土地開発がらみのタレコミは結構あって、うちは社会部の記者が担当した。一色氏の告発の内容は、藤沢市の件を陳情したM県議に県議会の自民党控室で50万円渡したというもので『やりとりを教える。証言もできる』と言ってきた」
記者が裏取りに動くと、一色氏は県警にもM県議らとのやりとりを録音した数台のICレコーダーを持ち込んで同じ内容のタレコミをしていたことがわかった。が、捜査は動かなかった。
「県警の担当者は数十時間にもおよぶ録音の内容を調べたが、証拠になりそうな会話がまったくない。それで一色氏に『闇雲に録っても使えない。ちゃんと考えて録音しろ。この件では、カネを渡したあんたも罪に問われるんだぞ』と説教したそうです。その後、うちの記者が再取材したときには、一色氏はやばいと考えたのか、『カネを渡したのは私ではない。聞いた話だった』とタレコミを取り下げてきた」(同前)
本誌はM県議にこの件について話を聞いた。
「一色さんという人物とは古い知人の紹介で確か県庁で会った。そのときはダチョウ牧場をつくりたいという相談でした。記憶の限りでは献金は受けていないし、藤沢市の土地造成工事再開の話ではなかった」
そう否定したが、一色氏が当時から陳情相手とのやりとりを記録し、いざというときに告発する証拠にする習慣を持っていたことがわかる。
このときの警察から、「ちゃんと考えて録音しろ」といわれたことが、今回の甘利大臣告発で活かされる。
※(週刊ポスト2016年2月12日号)