韓国自慢の美容整形をめぐり国内がざわついている。競争が激化しすぎた結果、コストダウンによる質の低下や重大な医療過誤が相次ぎ、最大顧客である中国との間で摩擦も起きているという。「医療観光」として朴槿恵(パク・クネ)政権が推し進めた医療分野の規制緩和が原因だが、相次ぐトラブルで今度は規制強化に走る始末。朴政権のドタバタぶりを現地事情に詳しいノンフィクションライター、高月靖氏がリポートする。
ソウルの狎鴎亭(アックジョン)、新沙(シンサ)といえば、東京・青山に相当する韓国最先端のトレンドタウン。だが、その最寄り駅では日本人の目に奇異な光景が広がる。美容外科の生々しい「ビフォー・アフター」広告が、構内を埋め尽くしているからだ。
「駅だけでなく車両内もどぎつい整形広告だらけ。2012年の法改正で医療広告の制限が緩和されたのが背景だ」(現地日本人フリー記者)
街中に氾濫する露骨な整形広告に対して韓国政府は、ようやく規制のメスを入れようとしている。今後は医療広告の審査制度を拡大する形で、公共交通機関での広告、「ビフォー・アフター」や価格比較などの表現を大幅に制限する方針。現在、審議中の医療法改正案に盛り込まれており、国会で成立を待っている状態だ。
業界団体の大韓整形外科医師会は、本来こうした規制に反対する立場だが、同医師会は規制を歓迎する声明を発表。それどころか、今回は見送られたウェブ広告の規制や芸能人の起用禁止も政府に働きかけてきた。背景にあるのは「制御できないほど過熱した異常な整形広告」(韓国野党議員)に対する危機感という。
かねてから韓国は医療で外国人観光客を誘致する「医療観光」を掲げ、朴政権もこれを推進。最大のターゲットである中国人客は、2009年の約800人から14年には5万6000人と爆発的に急増した。
それだけに歪みも大きい。韓国の医療業界ではこの間、内科や産婦人科などから美容外科に商売替えする医師が急増。狎鴎亭、新沙を含むソウル江南(カンナム)地区では、美容外科医の半数超がこうした「非専門医」ともいわれる。
だが、時流に乗って参入したものの、安定的に集客するノウハウがない。そこで登場するのが中国とのパイプを武器に患者を供給するブローカーだ。大半は30~50%もの手数料を要求する違法業者で、6月にも手術費の最大約90%に達する手数料を得ていた中国人客向けブローカー約100人が、書類送検された。
美容外科にとってブローカーへの手数料に加え、広告費の出費も大きく、韓国の美容整形は2兆ウォン(約2220億円)市場といわれるが、売り上げの28%がブローカーと広告に流れているとの報告もある。
「演出過剰な『ビフォー・アフター』広告に加え、経験不足の『非専門医』が最新技術のスペシャリストであるかのようなPRも横行。割安感を強調する期間限定セールも過熱し、消費者の正しい判断を妨げている」(同)。6月下旬には人気女優の写真などを無許可で広告に使った美容外科が控訴審で敗訴するなど騒動は絶えない。
悪いことに医療過誤も増えている。韓国消費者院によると、美容整形の医療紛争は12年の約600件から14年には805件に増加。昨年11月から今年1月にかけて、中国人女性が手術中に心肺停止になるなど重大な医療過誤も相次いだ。
中国メディアは一連の事態に警鐘を鳴らす報道を繰り返し、韓国側はその背後に控える中国政府の意向に神経をとがらせている。規制緩和から一転、広告規制をはじめとする健全化を図ろうとしている「医療観光」。だが、中国マネーに狂奔する業者を制御できるかどうかは未知数だ。
■高月靖(たかつき・やすし) ノンフィクションライター。1965年生まれ。兵庫県出身。多摩美術大学グラフィック・デザイン科卒業。韓国のメディア事情などを中心に精力的な取材活動を行っている。『キム・イル 大木金太郎伝説』『独島中毒』『徹底比較 日本vs韓国』『南極1号伝説』『韓国の「変」』など著書多数。