北朝鮮では社会の至るところで「セクハラ」や「性的暴行」が横行している。しかし、「セクハラ」という言葉もなければ概念もないため、被害にあった女性はそれが人権侵害であるということにすら気づかない。
国営企業や工場でも日常的に行われているとは言われているが、最もセクハラが横行するのが軍隊だ。兵役が13年と非常に長い上、兵役期間中には恋愛も許されず、山奥の部隊なら民間人の女性に会う機会すらない。さらに階級に基づく組織社会であるため、地位を利用したパワハラとしてのセクハラが横行するのだ。
朝鮮人民軍空軍で司令部指導員を務めた脱北者のチェ・ヒギョンさんは次のように語る。
「人民軍の中では女性の胸を見て『小さい』『大きい』などの言葉が普通に飛び交っている。韓国に来て初めてその言葉がセクハラに当たることが分かった」
元々、軍隊に入る女性は高校卒業後、大学進学に失敗した人が多い。つまり上昇志向を持った人々だ。上官たちはそこを利用してセクハラに走るのだ。
例えば、朝鮮労働党への入党だ。北朝鮮において少なくとも負け組にならないためには労働党入党は必須の条件だ。入党するには党員の推薦が必要であることを利用して、中隊長や政治指導員がセクハラをしたり性的関係を要求してくる。
妊娠してそれが明るみになれば大変なことになる。「生活除隊」つまり不名誉女性を強いられ故郷に送り返される。成分や賞罰が記録される「個人資料」にも傷がついてしまい、社会的な地位につくことは難しくなってしまう。
そこで、妊娠がわかったら無資格の医者の元を訪れて中絶手術を受ける。設備の整っていない状況での中絶手術は非常に危険だが、「生活除隊」になっても社会的な生命は絶たれてしまうので、命がけで手術をうけるのだ。
北朝鮮でも地位を利用した性的暴行が違法でないわけではない。刑法280条では「服従関係にある女性に性行為を強要した者は1年以下の労働鍛錬刑に処す。複数の女性に強要したり、女性が堕落または自殺した場合には3年下の労働教化刑に処す」となっている。さらに強姦の場合だと刑法279条で10年以上の労働教化刑に処せられる。
しかし、軍隊内には人権関連の告発システムもなく、相手は人事権を握る上官なので、女性兵士たちは沈黙を強いられてしまうのだ。さらに、「人権」という概念すら知らないことから、何をされても「人権侵害」だとは気づかないのだ。