国内最大の指定暴力団山口組(総本部・神戸市灘区)の分裂問題は、脱退派が立ち上げた新組織「神戸山口組」を率いる山健組の事務所(同中央区)に、大阪府警が家宅捜索に入るなど緊迫した状況が続いている。新旧組織の間で切り崩し工作が激化するなか、引き金がひかれる場合、いつどこでどのように起きる可能性があるのか。捜査関係者は「外国人や周辺者をヒットマンに仕立て、幹部クラスの大物をピンポイントで狙う恐れがある」と警戒を高めている。
警視庁は11日、暴力団捜査の関係部署の幹部と各警察署の副署長ら計約200人を集め、山口組と脱退派の神戸山口組に関し、東京都内の同庁施設で緊急暴力団対策会議を開いた。山下史雄副総監が訓示。都内には山口組の傘下組織が85あり、約1800人の勢力を有することから、警戒強化や情報収集を徹底したとみられる。
これに先立つ10日、警察庁では金高雅仁長官が、神戸山口組について、「速やかに情報収集を行い、暴力団対策法に基づく指定を検討する」との方針を表明。「(暴対法に基づく)指定がない状況でも、取り締まり強化によって国民の安全安心の確保に全力を挙げる」と摘発を進める意向を改めて強調した。
たもとを分かって以降、にらみ合いが続く山口組と神戸山口組。
「分裂後、上層部から『防弾チョッキをすぐ使えるようにしておくように』と通達がきた。『盛り場に近づくな』『いつでも連絡が付くように』とも厳命されている。すぐに何かあるわけじゃないだろうが、ピリピリしているのは間違いない」
山口組系二次団体の関係者はこう声を潜める。
現在まで双方とも表立った衝突の動きを見せていないが、緊張感は確実に高まっている。
捜査当局は不測の事態を回避するため、9日には、大阪府警が振り込め詐欺事件の関係先として山健組事務所など3カ所を家宅捜索。発足して間もない神戸山口組の実態解明や情報収集につなげる狙いがあったとみられる。
山口組は1984年、4代目組長のポストをめぐる内紛により、離脱した「一和会」との間で大規模な抗争事件「山一抗争」を起こし、89年の終結までに25人の死者を出した。
「『山一抗争』では一和会の山口組の離脱が明らかとなり、組織が分裂してから最初の抗争事件までに2カ月の時間があった。今回の分裂騒動も、今でこそ静かだが、この先、何も起こらないというのはあり得ない」(捜査関係者)
75年から78年にかけて山口組と松田組(解散)との間で起きた「大阪戦争」と呼ばれる抗争事件では、78年7月、山口組の田岡一雄3代目組長が京都市内で銃撃され、重傷を負った。狙撃したのは松田組系暴力団の鳴海清組員らで、襲撃場所となったナイトクラブの名前から「ベラミ事件」と呼ばれた。実行犯の鳴海組員は逃亡するが、同年9月、神戸市の六甲山中で腐乱遺体となって発見される。
一般人も巻き添えになる抗争の発生や相次ぐ事件を受けて、取り締まりは年々厳しくなり、92年に暴力団組員の不当要求の中止などを盛り込んだ「暴力団対策法」(暴対法)が施行。2011年10月までに全国で、暴力団への利益供与を禁じた「暴力団排除条例」が施行された。
組員の不法行為に対する使用者責任も厳しく問われるようになり、「組員が動いて抗争になれば『使用者責任』を盾にして警察が一気に組織を潰しにかかる。そんなリスクを冒してまで、大規模な抗争を起こすとは考えにくい」と在京の暴力団関係者は懐疑的だ。
ただ、捜査関係者は「警戒されるのは、組織に累が及ばないようにアシが付かない周辺者やアジア系の外国人をヒットマンとして雇い、ターゲットを襲撃させるケースだ。相手に最大のダメージを与えるため、組長や幹部クラスの大物をピンポイントで狙うことも考えられる」とみる。
捜査を強化する総合対策室を設置した警視庁をはじめ、山口組執行部を牛耳る弘道会(名古屋市中村区)を抱える愛知県警、山口組や新組織を率いる山健組の本部がある兵庫県警、両組織の多くの傘下組織が拠点を構える大阪府警も厳重な警戒態勢を敷いている。
暴力団事情に詳しいジャーナリストの須田慎一郎氏は、「両組織ともに全面的な抗争を起こそうなどとは考えていないはずだ。ただ、これまで機能していた衝突抑止のシステムが機能しなくなるのは間違いない。起きるとすれば、組織だった抗争ではなく突発的なものだろう。発火点となるのは、両組織のシマ(縄張り)とシノギ(資金獲得活動)がぶつかり合う東京ではないか。新宿、六本木、赤坂。こうした繁華街にある枝(末端)の組織が狙われる危険性がある」と指摘する。