世界各地の農作物の種子を集め、絶滅の危機に備えて保管している北極圏の貯蔵庫から、このほど初めて本格的なサンプルの取り出しが行われた。穀物の品種開発に取り組んでいたシリアの研究施設が戦火にさらされ、場所を移して研究をやり直すことになったためだ。
植物版「ノアの箱舟」ともいえる「スバルバール世界種子貯蔵庫」は2008年に北極圏の山腹に開設され、ノルウェー政府が運営にあたってきた。将来起こり得る地球規模の自然災害などに備え、世界のあらゆる種子を保管している。
その貯蔵庫から種子を取り出す日は、意外に早くやってきた。きっかけとなったのは災害ではなく、戦争という人為的な出来事だった。
シリア北部アレッポでは国際乾燥地農業研究センター(ICARDA)が何十年も前から、干ばつや暑さに強い小麦の品種開発を進めていた。しかし近年、内戦の激化とともに研究の継続が困難になった。
戦闘は一向に収まる気配がないため、研究チームはレバノンとモロッコの新たな施設に移転して再出発することを決めた。
アレッポの施設は世界最大の大麦のコレクションをはじめ、小麦、ソラマメ、レンズマメ、ヒヨコマメなど13万5000以上の品種がそろう有数の種子バンクだ。何世代にもわたって受け継がれた末、現在はすでに絶滅してしまった品種も少なくない。この施設からは12年ごろまでに、ほぼ8割の品種の種子サンプルがスバルバールの貯蔵庫へ送られていた。
ICARDAのチームはこのほど、それらのサンプルを取り出してレバノン東部のシリア国境近くに設けた施設へ運び、研究向けに栽培を始めた。さらにモロッコにも並行して、同様の施設が開設されている。
貴重なサンプルの中には、現在の小麦の起源とされる1万年前の品種などもある。長年の自然淘汰(とうた)を経てきた品種は干ばつや暑さ、病気などに特に強く、人類が今後予想される気候変動に耐えて生き延びるための鍵となる可能性を秘めているという。