「地酒あり〼(□に/)」。師走に入り、夜の街でこんな文字に吸い寄せられる人もいるかもしれません。この最後の記号のような文字は「ます」と読みます。お酒や米を量る升の形をかたどっているらしく「和」の味わいがありますが、おしゃれなカフェでも見かけます。でも今の若者は読めるのでしょうか。街頭で聞いてみますと意外な結果が!?
京都市内の繁華街や観光地を歩いて探した。
やはり居酒屋が多い。清水寺近くの土産物屋には「日本酒あり〼(□に/)」とカラフルな文字で書かれていた。木屋町と先斗町の通りを横につなぐ路地に「通りぬけられ〼(□に/)」という表札があったような気がして訪ねてみたが、残念ながら「ます」は平仮名書きだった。
平安神宮近くのカフェ「ごはんCafe綴(つづれ)」岡崎店(左京区)の看板ではケーキセットがあることを示していた。この1年内にペンで手書きしたという店長の塚本友子さん(37)は「何となくかわいい気がして。昔どこかで見た記憶があります」と話した。
そういえばテレビドラマで古い駄菓子屋の店頭に「あり〼(□に/)」と掲げられているのを見た覚えがある。
昔、京都の銭湯のいくつかでは「本日あり〼(□に/)」と木札が入り口に掲げられていたという話を聞いた。しかし、錦湯(中京区堺町通錦小路下ル)は「本日あります」だった。経営する長谷川泰雄さん(68)は「最近はどこも平仮名じゃないかな」と話す。
「その代わり」と長谷川さんは1枚の古い写真を出した。祖父が出征する際に撮られたもので、左上隅に〼(□に/)が写っている。「うちはもともと、江戸時代に伊藤若冲が育った錦市場の八百屋『升源』からのれん分けした八百屋で屋号が『桝辰』だった」と振り返った。
「日本の家紋大事典」(日本実業出版社)によると、升は「増す」に通じる縁起物として家紋でも多く使われ、歌舞伎の市川家が升紋を使うのは有名だ。〼(□に/)がまとう景気の良さが、看板の言葉遊びにつながっていくのだろうか。
■若者の認知度低く
10~20代の若者はどれだけ〼(□に/)を読むことができるのだろう。京都市内の街で50人に実際の看板に使われている〼(□に/)の写真を見せたところ、読めたのはわずか10人だった。ほかに9人は推測して当てた。つまり50人中31人が「初めて見た」と読み方を知らなかった。
〼(□に/)を文字とは認識せず、文が「あり」で終わっていると答えた人もいた。確かに、〼(□に/)がなくて「あり」だけでも内容は伝わる。
遊び心を潜ませた〼(□に/)は広告文の中で、分かる人には分かる暗号のような効果を発揮するのかもしれない。逆に、「あり〼(□に/)」を「ありません」と読む人がいた。四角の中の斜線を否定的な意味に取っていた。
早稲田大の笹原宏之教授(国語学)は毎年、授業で黒板に「お酒があり〼(□に/)」と書き、学生に読めるか聞く。「見たことがない」という答えが多いという。
〼(□に/)は2000年に日本工業規格(JIS)の文字コードに採用され、インターネットでも使用例が増えた。当時、JISへの採用を決める委員をしていた笹原教授が委員会の昼食で出された定食屋の箸袋に〼(□に/)が印刷されているのを見て、用例を重んじるJISの文字コードに推したという。今ではパソコンやスマートフォンの文字入力で「ます」と打つと原則、変換候補に挙がる。
国は常用漢字表の制定などで日本語の書き方を統一しようとしてきた。〼(□に/)には教科書的な書き言葉の整理に対するささやかな反抗心がのぞく。若者のメールで多用される絵文字に近いのかもしれないが、判読できるか聞いた同志社大4年の西山祐帆さん(23)は「角張っていてかわいくない」。女子の反応はいまいちのようだ。女子高生の中には「古くさい感じがする」なんて声もあった。
確かに古くさい。では、〼(□に/)は、いつ頃から使われ始めたのだろうか。
※〼(□に/)は一部機種で表示されないため、注釈をつけています。