(タンクローリー空爆)
((ISIS)の現金保管施設を標的にした空爆 紙幣が舞い散っている)
シリアやイラクで猛威を振るう過激組織「イスラム国」(IS)が、戦闘員の給料を半分にカットしたことが、ISの内部文書の流出で判明した。インターネットによる派手な広報宣伝を用い、高額の報酬や特権をチラつかせて戦闘員を集めてきたISにとって「貧乏」が最大の敵になりつつある。(岡田敏彦)
貧しさに負けた
給料半額カットの情報は、在英の非政府組織「シリア人権監視団」がISの布告文書を入手して20日に明らかになった。米CNNテレビ(電子版)などによると、文書には「イスラム国が直面している特異な状況に鑑み、全てのイスラム聖戦士(IS戦闘員)に支払う給与を半分に減らすと決定した。職位は問わず、例外は認めない」と記されていたという。
米議会などの調べでは、IS戦闘員の報酬は2週間に1度の支払いによる給料制。月給に換算した場合、シリアで活動するシリア人戦闘員は約400ドル(約4万7千円)だったものが約200ドルになるという。外国人戦闘員の場合は倍額の800ドルだったものが400ドルになる。
これまでにも外国人と現地のシリア人で給与(報酬)が違うという内外格差を問題視する声がIS内部から漏れていた。戦場でも「同一労働・同一賃金」が求められていたわけだが、ISはベース賃金の格差はそのままに、全員半額という支離滅裂な平等策を打ちだした。妻手当(50ドル)や子ども手当(25ドル)も存在したが、同様に半額になったとみられる。
この給与削減について欧米メディアは「ISの財政が悪化している証拠」と分析しているが、原因のひとつはロシアの本格介入にある。
ロシアに負けた
ロシアは昨年10月31日にエジプト東部シナイ半島で起きたロシア機の墜落をテロと断定。11月13日にはパリ同時多発テロが発生したことで「仏とともに極悪非道なテロ組織と戦う」という大義名分が出来たこともあり、IS掃討作戦に本格介入する。11月下旬にはISが首都と定めるシリア北部ラッカ周辺の製油所や貯蔵施設を空爆し、露国防省報道官は「精油所に加えタンクローリー1千台以上を破壊した」と発表した。
米政府などの分析では、ISは石油を闇市場で販売することで1日平均100万ドル(約1億1800万円)の収入を得ていたとされる。このため米軍主体の「有志連合」も石油関連施設への攻撃を強めてはいた。しかしロシアの空爆は、有志連合の空爆とは異なるものだった。
目には目を
IS戦闘員のひとり、ジハーディ・ジョンによる捕虜の殺害とその動画の公開など、ISの非道ぶりは世界中に知られた。クルド人に対する毒ガス攻撃といった国際法違反の残虐行為も報道されている。
一方、IS掃討作戦を続けてきた有志連合は、関係各国の世論を意識して作戦行動を行ってきた。
代表的なのは昨年10月、アフガニスタンで国際医療支援団体「国境なき医師団」の医療施設を米軍機が誤爆した事件だ。この誤爆ではオバマ大統領が同医師団のジョアンヌ・リュー会長に電話で謝罪している。もともとオバマ大統領は米国内の世論を意識し、米兵の被害を避けるため、地上軍を派遣しての大規模作戦を拒み続けていて、好戦的なISとは対称的だ。
誤爆を恐れ、世論を重視した結果、ISに致命傷を与えられない-。こんな局面を一変させたのがプーチン大統領率いるロシアだ。
英BBC放送(電子版)によると、昨年12月下旬には、国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」がロシアのシリア空爆で誤爆があり民間人200人以上が死亡したと発表したが、ロシアは「まったくの嘘」と反論。同団体が電話で現地関連団体に調査したとの指摘にも「現場に行ってないのに、何がわかるのだ」と一蹴した。
オバマ大統領や有志連合が意識する“世界の目”などロシアの眼中にない。作戦遂行のためなら誤爆すら黙殺する熾烈な空爆を繰り広げているのだ。その象徴的な出来事として、今年1月9日にロシア軍が実施した、シリアでの刑務所への空爆があげられる。
刑務所を爆撃
歴史上、刑務所を空爆した例として最も有名なのは「ジェリコー作戦」だ。第二次大戦時、ドイツ占領下のフランス・アミアンの刑務所に収容され、死刑執行が迫る対独レジスタンスのメンバーを救うため、英国空軍が刑務所の高く厚い壁を精密爆撃で破壊、収容者を脱走させた。
ところが同じ刑務所空爆でも、ロシアの作戦は残酷だった。ターゲットはシリア北西部イドリブにある刑務所で、国際テロ組織アルカーイダ系の「ヌスラ戦線」が捕虜などを閉じ込め管理していた。
フランス公共ラジオなどによると、ロシアは9日にこの施設を収容者もろとも空爆し、看守役などの戦闘員29人と、刑務所の収容者7人が死亡。一般市民も巻き込まれ21人が死亡した。
「ヌスラ戦線」はISと対立し武力衝突を繰り返している組織で、収容者はIS戦闘員だった可能性もある。ただ、ロシアの視点では「どちらも敵」。塀に囲まれた刑務所では収容者は逃げ場がなく、看守役の戦闘員も収容者が逃亡する可能性があるのに自分たちが爆撃から逃げるわけにはいかない。ロシアにとっては格好の空爆目標だったようだ。こうした“ロシア流”の空爆が、シリアの石油精製施設などIS支配地域の各所で行われているのだ。
いっそ別組織へ
米CNNテレビでは石油収入の減少に加え、戦闘の激化で武器弾薬などへの経費が増大し、給与予算を圧迫したとも指摘している。
このままISの収支を悪化させ“経営破綻”に追い込めば、ISに愛想を尽かす戦闘員も出てきそうだ。しかし欧米メディアには、そうした戦闘員は羽振りの良い別の武装組織に転じるだけではないかとの見方もある。また難民として欧州に紛れ込む可能性も否定できないだけに、抜本的な解決は見えていない。